当時のマイクロソフトは、BASICインタプリタやアセンブラ、各種言語のコンパイラ等を開発しており、それらの製品のほとんどが、当時のパーソナルコンピュータ市場におけるデファクトスタンダードOS、デジタルリサーチのCP/M上で動作するものであった。
1980年7月頃、IBMは、後にIBM PCとなるパーソナルコンピュータの開発に着手した。しかし、IBMの主力商品である汎用コンピュータに比べると、ごく少数のスタッフとわずかな予算しか与えられなかった。プロジェクトリーダーのフィリップ・ドン・エストリッジは、可及的速やかに商品化にこぎ着けるために、ソフトウェアは自社開発せず、すべて外部から調達する方針を立てた。
IBMは、マイクロソフトに対し、当初はBASICなどの言語製品の開発を依頼していた。OSについても、8086対応版のCP/Mをマイクロソフトに開発してもらおうとした。しかし、彼らはCP/Mのソースの権利を持っていなかった為、ビル・ゲイツのアドバイスに従ってデジタルリサーチ社と交渉することにした。しかし、デジタルリサーチとの交渉はうまくいかず、結局マイクロソフト自身がOSを開発する事となった。
とは言うものの、マイクロソフトにはOSの開発経験は無かったため、同じ頃、CP/Mが8086に移植されない事に業を煮やして独自に移植作業を行っていたシアトルコンピュータプロダクツ社の「86DOS」を開発者込みで買収し、IBM PC用に改修した。
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