IBMは当初は「PC DOS」名称でIBMのみへの供給を主張し、マイクロソフトはIBM以外のメーカーへのOEM供給を主張した結果、「IBM用はPC DOS名称。マイクロソフトによる各メーカーへのOEM供給も認めて普及を図る」という役割分担となったと言われる。
リスクを軽減化するために買い取りを避け、IBM PCの出荷台数に対して使用料を支払うというライセンス契約をしたこと、そしてマイクロソフトから各メーカーへの自由なOEM供給を認めた事が、後のマイクロソフトの躍進の原動力と言え、また見方を変えれば、最終的に「軒先を貸して母屋を取られた」IBMの大失策であるとも言えるが、MS-DOS(およびPC DOS)の普及(デファクトスタンダード化)を決定づけたとも言える。
なお「MS-DOSエンサイクロペディア」によると、IBM以外の各メーカーへのOEM供給版に自社の商標(MS)をつけ、MS-DOSとしたのは、各OEM先が勝手な名前をつけていたため、混乱を避けるために整理したものとされている。これは、IBM以外への初期のOEM供給が、Zenith DOS(ZDOS)などOEM先の名称で販売され、その後のバージョン2で「MS-DOS」名称が初めて登場した事を指していると思われる。
(参照元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)